生物系の院試に向けた勉強──自身が行った院試対策とオススメする勉強法

 こんにちは。京都大学大学院 医学研究科 医科学専攻に所属しているナマコです。本ブログ初の投稿です。

 はじめに簡単に経歴を紹介しますと、高校では生物非選択でしたが地方国立大学の生物系学科に進学し、そこから生物の勉強を開始。大学院進学にあたっては元所属大と京大(医学研究科・生命科学研究科)、総研大を受験し、最終的に現在所属している研究室へと進学を決めました。

 このような経歴の下、大学から生物を始めるという方を含め、生物系の学部生向けに院試関連の情報を共有したいというモチベーションで本記事を書きました。本記事がこれから院試を受ける皆様の一助となれば幸いです。

 

 

自身が行った院試対策の紹介

※本項では院試対策の内、英語については触れません。英語対策(というかTOEIC対策)については他の記事にて紹介します。

 

 一般に、大学で学ぶ学問の内容は高校までの内容を前提としています。私は生物にこそ昔から興味があったものの、高校では生物を履修しておらず、生物基礎止まりでした。そこで、大学入学後はまず、前期-夏休みにかけて高校生物を勉強していました。高校でもらった生物の図録を一通り読み、生物基礎・生物のまとめノート的なワークを買って一通り書き込みました。またこの際、1年前期に生物未履修者向けの生物学の講義が選択必修にあったので、それを履修していました(その内容はというと、高校生物における分子生物学らへんのところを扱う講義、及び生態学らへんのところを扱う講義、といったものでした)。

 1年前期の間にかなり簡単にではありますが高校生物をカバーできたので、後期からは講義面では専門科目が少しずつ始まったのでそれに取り組みつつ、Essential細胞生物学(南江堂、原書第4版)を買って読み始めました。当時、私が関心を寄せていた分野において東大のある研究室が魅力的だと感じており、そこへ進みたい、というモチベーションがこの行動の原動力だったと思います。もっとも、白状するとこれにはいわゆる院ロンダロンダリングと呼称されるものの、これ自体は決して悪いことではないはず……)、つまり大学受験の失敗を大学院進学の機会で埋め合わせたいという虚栄心的な動機もありました。今ではすっかり解消されていますし、研究に関しては大学名が最大の問題ではない(もちろん、有名どころの方が良いというか有利となる要素は色々ある)と研究を始めてからは常々感じていますが、当時はやはり東大というネームバリューに惹かれていたところがあったはずです。ちょっとネガティブな動機ではありますが、しかし、おかげで勉強に身が入ったのは事実ですから、今思うと結果オーライといったところでしょうか。さて、話は逸れましたが、Essentialについてはだいたい、1年後期-2年前期の頭ぐらいまでで1周通読し、その後は必修の専門科目をそれぞれこなしつつ、冬までゆっくりと2周目を読んで問題も解いていました。Essential細胞生物学の通読により、大学入学時には周囲よりハンディキャップがあった身ではありましたが、こと分子生物学についてはこの時点で基本を抑えることができたと感じています。また、専門科目は分子生物学含め様々な分野がありましたが、せっかくなので講義資料や使用した教科書についてはこれも通読するようにしていました。

 上述のように、Essetialを2周もすればさすがに基礎はある程度できただろう、と感じたので、3年に上がるタイミングで細胞の分子生物学ニュートンプレス、第6版)、いわゆるThe Cellに足を踏み入れました。これもとりあえず通読しようと試み、3年の冬ぐらいに読み終えました。元所属の学科では3年後期の段階で研究室配属があるため、研究活動が生活に加わり、講義・バイト・研究の三拍子で生活が忙しくなりました。そのため、前期では結構良いペースで読み進められていましたが、秋の終わり-冬くらいは読むペースが下がっていた記憶があります。論文も読み始めましたし。なお、The Cellの場合はEssentialと異なり、分量が多くて面倒くさかったり、時間がかかったりすることから、問題を解くことはしていませんでした。ただし、問題の内容は思考を問うようなものが多かった気がするので、十分な余裕さえあれば、院試の問題のつもりで解くというのはありだったかもしれません。ともあれ、無事に通読すること自体はできたので、4年を迎える前に分子生物学の教科書的な知識面を固めることができました。加えて、2-3年の辺りで院試対策に関して情報収集していた際、生化学・分子生物学演習 第2版(東京化学同人を解くと良いという記事を幾つか目にしたので、これも3年頃からぼちぼち解き進め、4年頭頃でようやく一通り解いた覚えがあります。しかしながら、この問題集に関しては難易度が高く、生化学に関しては実験・測定原理の物理的側面に踏み込んだり、扱うテーマ自体はメジャーでも設問の内容が異様に細かかったりといった具合でした。変にこだわって一周全部やるのではなく、必要そうな分野の必要そうな問題だけ解けばいい気がします。少なくとも私の場合、The cellの内容はある程度頭に入れられたので、この問題集を使って院試対策するメリットは感じられませんでした。

 さて、所属大学の他にも外部の院への進学も検討しているということで、4年の3月あたりからは研究室訪問を始めました。理系、少なくとも生物系に関しては、外部院進するならすべからく研究室訪問するべきです。私の場合、とりあえず興味のあった研究室へ、計6箇所訪問しました。なぜ研究室訪問すべきなのかに関しては、既にたくさんの記事がネット上に転がっていますが、私からも別記事にて紹介することとしてここでは省きます。研究室訪問後、色々と勘案して志望先を絞り込みました。私の場合はここで、所属大学(つまり所属研究室でそのまま修士に上がる)に加え、京大医学研究科・生命科学研究科(医学研究科の研究室は生命科学研究科からも入れるところがあるので、生命科学研究科の受験は滑り止め用です)、総研大(基生研)を受験することに決めました。また、このように4年ともなるとかなり忙しさも増してきますが、勉強の方では3年の冬-4年の5月くらいまでにかけて、The Cellの内容をFig.をすべて見返すと共に各節・章のまとめを読み直すというかたちでざっくりと復習しました。その後、研究の傍ら大学院の説明会への参加や必要書類の記入・出願をすると共に、6月からは毎週末に過去問を解いていました。この際、院試の過去問というのは通常答えがついていませんから、1年分一通り解き終えたら教科書(主にはThe Cell)、あるいは教科書で対応できない部分は自分でネットを調べて自分なりの解答を拵えていました。確か、それぞれの院試までに京大医学研究科と生命科学研究科の過去問を5年か6年分ずつ(というか入手できた上限数)、所属大学の過去問を2年分くらい解いた覚えがあります。総研大の入試は特殊なので、特に勉強はしていませんでした(私の外部院進先の院試について、その個別的な対策の詳細と体験談については、別の記事で情報共有します)

 以上のようにして院試対策を行い、夏以降の院試に臨みました。結局、私の院試対策は過去問以外で言うと分子生物学の知識習得と理解の徹底がメインでした。なお、ここまでで書き忘れていましたが、The Cellで詳しく扱っていないが院試で頻出の生化学・代謝分野については、講義で使用したベーシック生化学(化学同人が手軽ですがしっかりまとまっていたので、これを頼りました。更に、より化学的なところ、有機化学に関してはこれもあまり深掘りせず、講義で使用したマクマリー有機化学概説 第7版(東京化学同人を用いた勉強に留まりました。生化学とか有機化学とかにはそこまでモチベーションがなかったので、EssentilalやThe cellに相当するような成書は読んでいません。また、発生学や遺伝学、生理学、神経科学なども分厚い教科書がありますが、これらの分野についてもそういったものには触れませんでした。私が読んだ分厚い教科書はThe Cellだけです(少なくとも院試対策という観点においては、本格的な教科書をたくさん読めば良い対策になるというわけではない)。ともあれ、このような院試対策の結果、すべての受験先において合格できた他、これは入学後に知ったのですが(要は非公式で人伝なため、正確性のほどは定かではない)、現所属の医科学専攻では受験したその年において1位で入学できました。つまり、これは生物のみならずここで説明していない英語についても同様なのですが、私は大学の4年間で長期的に勉強を継続することにより、それこそはじめはド素人だったり、勉強の要領が良くなかったりしても、最後には院試にきちんと太刀打ちできるだけの学力を身につけました。末尾に書くのもなんですが、身も蓋もないことを言ってしまえば、エッセンスの部分は普遍的な受験勉強のそれと何ら変わらず、特別な勉強法なんかも採用していないので、私の院試対策の体験談は切羽詰まった学部4年生向けではありません。そのような方は過去問を中心に据えた上で取捨選択して効率よく勉強し、受かるための最短経路を念頭に置いて院試対策するべきかと思います。ラストスパートを頑張りましょう。そうでない方につきましては、やはり生物というと覚えるべき事柄が多くなりがちですし、生命現象は本当に複雑で奥が深いので、コツコツと勉強しておくと後が楽だし、研究生活も楽しくなると思います。ゆっくり少しずつで良いので、頑張ってください。継続は力なり、です。

 

 

 

一般的な生物系の院試対策としてオススメする勉強・参考書の紹介

院試対策にあたってオススメする勉強法

 さて、上記の書きっぷりを見ると、あたかもThe Cellレベルが院試に要求されるかのように感じるかもしれませんが(実際、大学教員の中には講義などを通してThe Cellを読むことを推奨する方もいらっしゃるのではないのでしょうか)、そんなことは全然ないです。院試に求められる知識・理解というと、せいぜいがEssentialレベルです。試しに京大 医科学専攻の募集要項(https://www.med.kyoto-u.ac.jp/apply/exam/requirements_mmg/medicalscience_mc/)を確認してみると、要項のpdf(2024年度版)には次のような記載があります。

『◇基礎生物学の概要:細胞、動物個体の基本的な成り立ちを問うものであり、Essential Cell Biology (Garland Publishing Inc. New York & London) などの代表的な教科書に記載されている程度の基礎生物学の理解を求める。複数の設問から任意の 1 問を選択し、解答するものとする。』

"Essential Cell Biology"、これは当然Essential細胞生物学の原著ですから、やはり基準として教科書が挙げられるとしたら、およそEssentialレベルまでなのでしょう。実際、生物系の院試というと、分子生物学に相当する部分の問題が重く、次いで生化学、その他は種々雑多の専門科目……という構成のテストが多いように見受けられます(少なくとも私が受けたり過去問を確認したりした範囲では)。なので、細胞の分子生物学を扱っているEssentialは対策の上で大変都合が良いわけです。ただし、『基礎生物学の理解を求める』という記載が示唆するように、問題のレベルは単にEssentialを読めばそれで満足なものだとは限りません。単に読んで知識として吸収するのではなく、その内容を理解して活用する力が求められる問題というのが、時として出題され得るということです。ちなみに、余裕がある場合にThe Cellレベルまで進むと何が良いのかというと、このようなEssentialのレベルより高めな問題に対してより深く学んだ知識の量でゴリ押しできることが多くなるという点、あるいはEssentialには収録されていない分野、しばしば専門科目に分類されるものに関しても知識をつけられるので自然と専門科目の勉強にもなるという点、あたりが挙げられます。なので、生物系の院試にむけて本格的な対策をするなら、まずはなによりEssentialをきちんと読んで理解するということが重要になるでしょう。その上で、もっと知っておきたい部分や、Essentialにない部分に絞ってThe Cellを読んだり、他にも数多ある良書を読んで勉強すれば良いと思います。そして、力をつけたら後は過去問演習。院試も大学受験などと同様で、結局何か特定のテストを受ける以上、頻出分野に精通したり形式に慣れたりして、受ける予定のテストに対して自身をカスタマイズすることが攻略の肝となるはずです。

 つまるところ、『Essential細胞生物学の読み込み → (The Cell含め)院試に出るEssentialでカバーできないところの個別的な勉強 → 過去問演習』と一見すごく単純ですが、この流れでの勉強というのが、現在の私が考えるオススメの生物系院試対策です。

オススメの参考書

※版については今後更新される可能性があるため、ここでは特に指定して表記していません。また、筆者は分子生物学を中心として勉強しており、生態学や遺伝学、免疫学などの知識には疎いなど、分野間での偏りが激しいです。ピックアップした参考書もこの部分に引きずられているところがあります。ご了承ください。

 

  1. Essential細胞生物学(南江堂):生物系院試、特に分子生物学の範囲に対する教科書の王道。上記の通り、これをマスターすれば後はその知識・理解を活用して難しい問題でも結構食らいつけるはず。良くまとまっているわりにはそんなに値段も高くないので、是非これで勉強してほしい。
  2. 細胞の分子生物学ニュートンプレス分子生物学の教科書の金字塔、言わずと知れたThe Cell。受験前から博士取得(つまり博士後期課程まで進学して研究し、論文を出版する)を目指しているなら、是非とも早いうちに(研究で忙しくなる前に)読んでおくと良いのでは。Essentialよりもよほど情報量が多いが、その分リーダビリティは落ちているし、高くて重い。必要な章だけ電子版で買うのも一手。これを読めば細胞のことが高解像度で分かる、と思えるかもしれないが、実際のところ研究の上ではこういった教科書の内容はせいぜい前提に過ぎないことを意識の片隅に留めておくと良い。教科書の元となる論文は教科書より総体としては圧倒的なボリュームを誇るし、真偽が入り混じっている。結局、生物を深く理解することが簡単なわけがない。
  3. ベーシック生化学(化学同人:EssentialやThe Cellではあまり代謝・生化学に踏み込んでいないが、院試ではしばしばこの分野から出題される。だいたい、この教科書くらいの内容が理解できてある程度重要なところの暗記もできていれば、それで院試対策としては十分だと感じる。多少Essentialなどと重複するところもあるが、そこは飛ばせばいいだけで、大半の部分は生化学に関してコンパクトによくまとまっており、院試対策に便利というか必要十分なサイズという印象。
  4. 基礎から学ぶ遺伝子工学(羊土社)遺伝子工学もしばしば院試では出題される。遺伝子工学の技術について分かりやすく説明がなされており、さっと学習するには良いサイズ。実験技術に関する説明がなされているという点はEssentialやThe Cellにも通じるが、それらよりも一層実験技術にクローズアップしているのが良い点だろう。これは本書に限らず、羊土社の教科書・参考書の強みだろう(そもそも、実験医学の月刊誌を発行しているのは羊土社である)。
  5. ベーシックマスター発生生物学(オーム社:発生生物学とあるが、それに関連して幹細胞やエピジェネティクスも取り扱っている。ベーシックマスターシリーズはかなりコンパクトに情報がまとまっているので、自らの専門分野における参考書としては明らかに物足りないが、院試対策などの用途であればかなり便利。発生・幹細胞・エピジェネティクスもしばしば院試で出題されるので、このような教科書を使ってみるのも一つの手だろう。
  6. バイオインフォマティクス入門(慶応義塾大学出版会):参考書と問題集のあいのこ、といった感じの書籍。見開き1ページで1つの項目なので、説明のボリュームは多くない。しかし、簡潔な反面で要点を抑えており、少々難しい内容まで盛り込んでくれているので勉強になる。一口に生物系と言っても、最近だとものによってはバイオインフォマティクスが専門科目の問題に入り得る。過去問にバイオインフォがあったり、バイオインフォの問題で得点したいなら、院試対策として読んで損はないだろう(ボリュームが多くなく、短期間で終えられる)。バイオインフォ・計算機科学に加え、構造生物学や統計に関しても少し載っており、わりと実用的。暇さえあれば、バイオインフォマティクス技術者認定試験を受けても面白いかもしれない。この参考書を活用すれば、結構容易に資格を取れる。
  7. 生化学・分子生物学演習(東京化学同人:内容は正直難しい。The Cellと同じで、院試に受かるだけなら、敢えてこれをやる必要はない。後、もちろん生化学そのものは重要だし、その堅実さを反映しているとも思うのだが、どうにも内容が古臭く感じられてしまう。ともあれ、これを用いるなら既に上に書いたように、おしなべて問題を解く必要はなく、必要なところだけ利用すれば良いと思う。また、解くことを目的とするのではなく、設問と解答を見てそれで知識を得る、という使い方も十分ありだろう。大学院によっては、公開されている過去問の年数が少なく、そのために過去問だけだと満足に問題を解く経験を積めないこともあるだろう。そういう場合には、こういった問題集を活用して練習するのは良い手なのかもしれない。もっとも、他の大学院の院試過去問(サイト上にフリーで公開されているものもある)で似たようなものを探して解けばいいだけのことなのだが。
  8. 論文図表を読む作法(羊土社):おまけ。バイオインフォマティクス入門のような形式で、実験技術などを広範に説明した書籍。名前からして分かると思うが、研究室配属前の学部生よりも、むりそ配属後の学部生や院生が読んでいて恩恵があるタイプの本。とは言え、院試というと(実際は院試に限らず、大学入試などもそうなのだが)実際の実験を題材にしたり、実験結果を提示してそれを用いて解答させるといった手の問題も結構出る。そういった類のものに応対する際、この本を読んでおくと恩恵はあるだろう。ただし、これは本当におまけで挙げただけで、院試後にこそ目を通してみてほしい。

 

 以上、あれこれと書いていたら長くなってしまいました。老婆心でつらつら書きましたが、こんな文章であっても誰かのお役に立てれば幸いです。院試などものともせず、研究生活を楽しんでいきましょう。